春の雪 & ウクライナ人道危機救援金

昨日は、当地は穏やかな春分の日でしたが、今日は、一転、お昼ごろから3時間ほど、ときならぬ春の雪が舞いました。幸い、積もることはありませんでした。
昨日は、近所の桜の開花宣言程度の写真を載せましたが、ほとんどの樹はまだ蕾で、お花見は、ぐずついた天気で、少し遅くなりそうです。
いまや、お花見にブルーシートで場所取りをしていた時代は、もう戻ってこない?
あんなにまでしてと、眉をひそめていたものの、あの賑わいが今は懐かしくもあります。
 
ところで、先日、Cityメールで、ウクライナ人道危機救援金を市役所や地区センター(公民館)で受付中の案内がありました。
日本赤十字社を通じて送金されると記してありました。
 
ネットで調べると、日本赤十字社のサイトに下記のようなページがありました。
すぐ近くの地区センターへ行ってもよいのですが、記述されている送金先へゆうちょダイレクトから、気持ちだけ送金しました。現在、支援金は10億円に達しているとのこと。
赤十字といえば、昔々、中学・高校生のころ、「青少年赤十字」で活動していました。
障害児施設や孤児院などを訪ねて、いっしょに遊んだり勉強したり、街頭で募金活動をしたり・・・ いろいろなことを思い出します。
当時、ふるさとの学校では、青少年の赤十字活動が、クラブ活動のひとつのような存在でした。
 
以下は余談です。
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明治維新を推進した薩長土肥の肥前には、七賢人といわれる偉人がいました。幕末の名君、鍋島直正公(晩年は北海道の初代開拓長官(現在の知事))を筆頭に、総理大臣かつ早稲田の創立者、大隈重信、そして、日本赤十字社の前身、博愛社の創立者、佐野常民もそのひとりです。そのようなことを聞かされていたからかもしれませんが、青少年赤十字の活動をしていました。
そうそう、募金活動で思い出したのは、当時、白い羽根募金といって、募金していただいた方へは、胸に、白い羽根の中心に赤十字のマークが貼られたものを刺してあげていました。(なお、赤い羽根共同募金は、別の団体で行なわれているものです) その白い羽根は、長いこと、見かけないと思っていたら、なんらかの理由で、別の形の募金活動になったようです。とくに最近では、このたびの人道危機救援もそうですが、ネットでの募金が主なようです。
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今日の名言:
 
人間には上・中・下の三種類ある。
上というのは、他人のいい分別を学んで、自分の分別とすることである。
中というのは、他人から意見をされて、その意見を自分の判断にかえる人物である。
下というのは、他人から良いことを言われても、ただ笑って聞き流す人間をいう。
鍋島直茂(肥前佐賀藩の藩祖)