日本人の原点 その2

7日に”その1”を記してから、ようやく、”その2”です。
実は、いつも拝読させていただいているbp-en様の【読書日記】で教えていただいて(写真の左の本)、小生も縄文時代には興味があり、早速求めて、昨日、届きました。
bp-en様に感謝申し上げます。
なお、右の本は、Amazonのお勧めで表示された同じ著者の本の中から見つけた1冊です。

221ページを一気に二日で読了。
著者の自論にも誘導されますが、参考文献60数点に基づいて、旧石器時代、狩猟採集社会の長い縄文時代から農耕社会の弥生時代に至るまでの、まさに、謎解きで、推理小説を読むような気分でした。
終章の20ページは、現代に至る日本人の精神文化で締められています。
 
人類、ホモサピエンス(しゅつ)アフリカは、8万~6万年前。その前に出アフリカをしていた旧人(北京原人、ジャワ原人は絶滅したような?)ネアンデルタール人らとの混血もあったようですが、北へ北東へ南へと拡散して、現在の東南アジアあたりから日本へ辿り着いたのが、旧石器時代の始まりで、3万8000年前頃ということです。氷河期ですが、気温は現在よりも数℃低いくらいで、海面は現在よりもとても低くて、舟や島伝いの移動で渡ってきたのでしょう。
その後、縄文人はおよそ1万年もの間、狩猟採集をしつつ、すばらしい芸術的な土器や土偶を遺しています。なお、稲作が伝わったのは、縄文時代晩期~弥生時代初期です。
そもそも、学者は、なにをもって時代区分をしているのでしょう。突然、古代の時代は変わったりはしていなくて、連綿とした流れに線引きをするとは・・・
 
日本列島を自由に、海は丸木舟で移動する手段を有していたようです。黒曜石やヒスイなどの限られた地域でしか産出されないものや、ある地域の土器などが、遠く離れた遺跡で見つかってもいるそうです。
 
明日からは、右の邪馬台国です。邪馬台国がどこにあったのかという謎解きの書物は、若い頃から読んできましたが、何十年経っても、解明されることのない論争に著者自身は、どのような結論を出したのか興味があります。
こちらは、280ページほどで、いまは、(孫との)クリスマス、そして、大?掃除、年賀状があるので、ゆっくりできるようになってから読みます。