千鳥ヶ淵戦没者墓苑

今日は、終戦の日(終戦記念日)
 
新聞の夕刊では、大見出しは「終戦75年、誓い新た」、中見出しには「戦後生まれ8割超」と記されています。
 
いつしか、体験者の記憶よりも、多くの国民にとっては、歴史上の出来事となっていますね。
 
この間に築き上げられた平和が、永遠に続くことを祈りましょう。
 
 
ところで、ちかさと(葉・奈川・玉・京)(= NHKの18時過ぎからのご当地情報の「首都圏ネットワーク」で使用されている造語)にお住まいの方であっても、靖国神社や、花見の名所、千鳥ヶ淵は訪ねられた方が多くても、意外と行かれたことがないかもしれない千鳥ヶ淵戦没者墓苑の写真を掲載いたします。
 
最初の画像は、Google Earthから・・・
お濠は千鳥ヶ淵戦没者墓苑は中央下、右が北の丸公園で、大きな建物は(本日、追悼式が執り行われた)日本武道館で、左上が靖国神社です。
ちょうど30年前、このあたりの三番町が勤務地で、お昼どきは、昼食のあと、付近を散歩していたので、少なくとも道は、詳しいんですよ。
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千鳥ケ淵戦没者墓苑は、国外で死亡した日本の軍人、軍属、民間人の遺骨のうち、身元不明や引き取り手のない遺骨が安置されている施設で、およそ、5000坪もの敷地です。
数千本もの樹木、多くは、すべていっしょには散らない葉の常緑樹です。
 
お骨が納められている六角堂です。用意されているお花で、献花もできます。
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御製の碑が、ほぼ向かい合って、2基建てられています。
こちらは、明仁上皇が、終戦60年を迎える平成17年(2015年)の新年歌会始の儀で詠まれた御製です。常陸宮正仁親王妃華子謹書と刻されています。
いくさなきよを あゆみきて おもひいづ かのかたきひを いきしひとびと
もう1基は、昭和天皇の御製です(割愛)。
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苑内の休憩所の傍には、さざれ石(岐阜県春日村産)があります。さざれ石(の巌)は、都内でも多くのところにあります。
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俳句:
 
逝きし人 偲びて咲くや 蓮の華 功雪(しらこばと)